マルチスリットマスクの冷却によるスリットの変形の見積り
16,Oct,2000 tokoku
12,Nov,2000 up
冷却マルチスリットでは、スリットマスク自体を150Kまで冷却し、空からの熱ノイズ
を抑える。
冷却するためにはマスクの材質は熱伝導の良い金属を使えばいいが、一般的に金属は
熱収縮率が大きく、すなわち冷却すると大きく収縮してスリットの形状が変化する。
この変形量を有限要素法解析によって見積もった。
■仮定■
スリット幅 100μm(約0.2arcsec)
スリット長 10mm
マスク面(円)の直径28mm
マスク板厚 100μm
熱応力による変形は、もとのスリット板の大きさに依存する。
すばるカセグレン焦点面は直径約180mmの円であり、high-zの銀河を多天体分光
する際にはひとつのマスクあたり50〜100のスリットをあける。ここでは50この
スリットを切ったとして、1このスリットあたりが占める平均的な面積の円に、
Tip-Tiltを用いた時に達成しうるシーイングサイズを見込んだスリット幅と適当
なスリット長を仮定した。
マスクの材質は、線膨張係数の小ささ、加工性の良さ、弾性、熱伝導の良さ、
などが大事であり、それをもとにいくつかの材質を選んだ。低温での物性データ
がないものについては常温でのデータを用いている。
材料物性データ
■結果■
この仮定では、あるスリットとその隣のスリットの真ん中の位置で変位がゼロに
なり、そこを基準として熱収縮がおこるため、スリットは幅方向に広がるように
応力を受けて変位する。変位の一番大きいのはスリットの長さ方向の真ん中である。
| スリット幅 | スリット長 |
Al7075 | +56.0μm | -21.0μm |
Cu (CFHO) | +47.2μm | -10.4μm |
Alumina | +19.2μm | - 7.2μm |
Invar36 | + 3.4μm | - 0.9μm |
CarbonFiber | + 33.6μm | - 12.6μm |
以下に結果の図をのせる(クリックすると拡大して見ることができる)。
比較のため変化量の濃淡のスケールは全て同じにしているが、Al7075とInvarでは
変化量が一桁以上違うので、うまく変化量のコントラストを表しきれていない。
黒い部分などはもっと大きい値の変化量を持っている。
左)293Kから150Kまで温度が下がった時に生じるミーゼス応力分布
右)応力によって生じる変位分布(スリット幅/長さ/厚み方向の合成変位分布)
| ミーゼス応力分布 | 変位分布 |
Al7075 | | |
Cu(OFHC) | | |
Alumina | | |
Invar36 | | |
CarbonFiber(VCK) | | |
結果数値データ
↓ 例えばこんな感じに変形する ↓
緑が元の形状、赤点線が変形をおおげさに描いたもの。
実際に、スリットカッティングで要求する表面精度(スリット幅の1/10)に対して、
スリット形状の変形量を同じ程度に抑えるためには材料選びが大切になる。
上の結果より、スリット形状の変化には材質のヤング率と熱膨張係数が深く関わって
いることがわかる。つまり、変形量を小さく抑えるためには、「ヤング率が大きく」て
「熱膨張係数が小さい」材質、かつ工作性に優れたもの、というのが条件となる。
他にもカーボンやシリコン、樹脂などで冷却可能で低温でも使える材料を探してみる
つもり。
※注意
少し細かい話になるが、この見積りでは、冷却の途中仮定は考慮せず、293Kのものを
150Kに完全に冷却した時点での熱応力として、150Kでの熱膨張係数のみを用いて計算を
している。実際には293Kから150Kの間の熱膨張係数の変化の仕方によって値が多少
(10^-6m程度)変動する。しかし、実際の観測で用いるマスクでは、スリットの間隔が
それぞれ異なるし、マスクの外側と内側にあるスリットで応力のかかり方が異なるなど、
他にも要因があるので、この結果はあくまでも材質による変形量のだいたいの差を見る
程度のものである。
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【 補 足 】
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ある材料を冷却すると、その材料の線熱膨張係数に応じて材料が収縮する。
材料の変位 = もとの長さ × 線熱膨張係数 × 温度差
ためしにオーダーだけとると、
= [10^-2 m] × [10^-5 K^-1] × [10^2 K]
= [10^-5 m]
となり、線熱膨張係数が10^-5の材料について、10^-2m程度の大きさのものを150Kまで
冷やすと、10^-5m程度の収縮が生じてしまうことがわかる。アルミは金属の中でも熱膨
張係数が大きいので、できれば低温での線熱膨張係数が10^-6程度のものが好ましい。
単体ではFe、Ti、Co、Ni、Ptなどがあり、これらの合金などで熱伝導性や工作性の良い
ものを選ぶという感じになる。
冷却する材料を固定しておくと、温度変化による材料の伸縮が妨げられ、材料内部に
熱応力が生じる。この熱応力はヤング率と熱膨張係数と温度差に比例し、材料の長さ
や断面積には関係ない。
熱応力 = ヤング率 × 線熱膨張係数 × 温度差
冷却した時の熱収縮によるスリット形状の変化量は、収縮する方向の長さに比例するの
で、直径180mmのマスクに1個のスリットを切るのと100個切るのとでは変化量が異なる。
ある一つのスリットとその一番近くにあるスリットについては、お互いに反対の方向に
応力がかかり、真ん中あたりで応力がゼロになる点が必ずある。つまりそこが固定され
ている点と考えて、(実際にはスリットの形状に合わせた形になるわけだが、それを
簡単な円と仮定して)ひとつのスリットは平均としてある円に沿って固定された金属
の板として仮定し、スリット部に生じる材料の変位量を求める。
今回の解析で用いた直径28mmの円というのは、直径180mmのマスクに50個のスリットを
均等に散らしたときの平均的なスリット間距離である。
簡単に図に示すと以下のようになる。
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どこか考え方が間違えていそうでしたら、ご指摘ください。