VPH-K #2 冷却試験
2009年7月23-27日 東谷@三鷹

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実験の目的
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  ・低温での分光透過率を測定し、常温と異なることがないか調べる。
  ・搭載前に最低一回は低温サイクルにかけ、グリズムとマウントに異常がないかを調べる。


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方法
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  ・昨年度作った透過率測定用デュワーで冷却し、UV-3100で冷えたまま分光効率を測定する。
   ただし、UV-3100に入れるため、デュワーは冷凍機を用いない液体窒素冷却式であるため、
   グリズムの冷却・昇温率は手動で制御する必要がある。


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実験
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  準備。温度は熱パスのマウント根元近くと、マウントの足、の2点。マウントの根元のほうを制御。
  今回の実験の難所は、小さい熱容量のものを冷却パワーの大きな液体窒素でゆっくり冷やすこと。
  特に冷却の最初(温度が高い頃)の安全のため、なるべく冷えないように工夫した。
  熱パスは極力A/Lが小さくしてあり、ラジエーションシールドも使用していない。
  ヒータはLakeshoreのヒータ制御の最大値である50W定格のものを使用。

    

  UV-3100に載せて測定できるか確認。測定器のカバーが閉まらないので、
  暗幕をして、測定室のドアを閉め、測定室も外の電気も消す。

   

  液体窒素で冷却中。冷却・昇温とも6K/hourで行う。片道40時間。

    

  今回のグリズムマウントの最低到達温度は120K程度。測定時以外はウィンドウはカバーをしている。

     

  UV-3100に載せるときは、温度センサ、ヒータ、真空配管などは完全に切った状態。窒素は入れたまま行う。
  低温での分光透過効率測定時は中嶋さんにも立ち会っていただいた。

     


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納品時の透過効率測定
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  冷却する直前、常温でグリズム単体で測定した透過効率。測定値そのまま。
  右のグラフは効率測定前後のリファレンス(VPH用ガラス基板(S-TIM35)2枚)の透過効率。

   


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実験経過
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  温度が下がりきったとき、グリズムマウントは約120Kだった。
  (このデュワーでは80Kほどまで冷やせるが、本番グリズムが冷えすぎるのを防ぐため
  今回の試験では熱パスを細くしたりラジエーションシールドを使用しない、などの対処をしているため。)
  この状態で液体窒素を入れたまま約1時間測定していたが、温度は4K程度上昇したのみである。


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低温時分光透過効率測定
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  ・上のグラフは測定値をそのまま載せたもの。デュワーのCaF2ウィンドウ2枚などが含まれる。
   「REFTM-5」はリファレンス基板の透過率。
   「TRAN2」は常温時のデュワーのみの透過率、「TRAN1」は空気の透過率(TRAN2のリファレンスとして)。

  ・デュワー内固定用ジグが光路を横切っているため、光を少しロスしている。
   分散する前と後に置いた場合で差がでるかを測定するためにデュワーを反転させて
   透過率を測定した。上グラフで右側の曲線がジグが分散後にある場合。
    (ここでは分散した後にケラられるほうが少し透過率ピークが低くなったようにも
     見えるが、常温に戻ったあとグリズムのない状態でジグがあるデュワーとない
     デュワーを測定したときは差がでなかった。)

     

  ・デュワーの向きを変えると透過率のピークの位置が変わった。
    @デュワー内の固定向きを測定器の光軸に正確に合わせていないことと
    Aマウント内でグリズムが少し傾いていること(これは実験後に気付いた、下の考察参照。)
   が原因と思われる。実際にMOIRCSに搭載した場合も、ターレットのたわみなどのために
   ピークがどこにくるかをはっきり決めることは難しい。

     


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常温に戻ったあとの透過効率測定
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  常温に戻してからの透過率を測定し、低温時の透過率と比較する。

  

  ・上のグラフでオレンジ線が常温に戻ってからの透過曲線。青色が低温時の透過曲線。
   それぞれ2つあるのは、デュワーの向きを反対にして測定したとき。

  ・上のグラフは、実測データをリファレンスとしてVPH用ガラス基板(S-TIM35)2枚
   の透過率で割った値である。つまり、ZnSeプリズム2個+VPH(ゲル部分)+デュワーの
   CaF2ウィンドウ2枚分を含めた相対効率である(縦軸はあまり意味がない)。
   
  ・透過率のピークの値は完全には一致していないように見えるが、常温と低温ではリファレンスの
   取り方などに多少の誤差があるため、常温と低温で透過率は誤差範囲内で変化なしとする。
   つまり低温で透過率の変化(波長シフト、ピークシフト)などは見られない。

  ・上のグラフに、デュワーのCaF2ウィンドウのみで測定したリファレンスで割り、VPH用の基板2枚の効率を掛けると、
   以下↓のようになる。つまり、ZnSeプリズム2個+VPH(ゲル部分)+VPHガラス板2枚分、つまりグリズムのみの効率
   に近いものを示している。ガラス板の透過率についてはリファレンスとするものがない値のためこのグラフは参考値である。
   常温でグリズム単体(デュワーなし)で測定した値に同じS-TIM35の透過率を掛けたものを緑色で示している。

   

   (参考)VPHグリズムの構造。プリズムとガラス板の間は接着剤で貼りつけてある。

   


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常温に戻ったあとのグリズムチェック
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  グリズムの内部には異常なし。側面に一点だけ、冷却前にはなかった傷?、もしくは何かが付着したような?
  光っている部分があった。この部分はちょうどマウントからグリズムが浮いてしまっていた部分に近いので
  気になる。
  ほかは、板バネのあとなどもまったく見られず。一番力のかかる部分のエッジなども問題なし。

   

  その他の写真はこちら。


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考察・メモ
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  ・VPHとしての透過幅は従来より広くなったが、通常のグリズムに比べるとやはり透過率の変化が
   大きいのが実際の観測では気になるだろう。MOIRCSのKsフィルタの帯域内でも30%程度変化がある。
   
  ・ピーク波長のずれも気になる。
   マウント内でのグリズムの傾き、重いことによるMOIRCSに搭載したときのターレットのたわみ、
   さらに観測時のエレベーションによる傾きなどで、露出時ごとに波長による効率が大きく変わる
   だけでなく、そのピーク波長が動く可能性がある。キャリブレーションは慎重に行う必要があるだろう。
   実際搭載したときにピークがどこにくるかを調べて、使用目的に応じてHKフィルタなど
   他のフィルタとの併用も必要かもしれない。

  ・常温に戻ったあと、デュワーに入ったままの効率測定、デュワーから出してマウントに入った状態で効率測定、
   マウントからグリズムをとしだして単体で効率測定、を行った。

  ・そのあとに再びグリズムをマウントに戻したときにマウントの中でグリズムが傾いていることに初めて気付いた。
   何度かマウントへのインストールをやり直してみたがうまくいかず。ベースに載せた状態ではベースから浮かないのに、

   

      板バネのついたカバーをつけると傾いてしまうことから、

   

   グリズム頂角側の面取り部分が同じ高さでないことから、板バネで押さえた時に傾いて固定されて
   いるのではないかと思われる。実際、VPH部分の2枚のガラス板は高さが不揃いで、プリズムも
   それに合わせて不揃いになっていることがわかっている。こうした不揃いは、頂角と反対側から
   押さえる板バネで吸収できると思っていたが、そうはなっていないようだ。
   隙間は頂角と反対側に1mm程度あり、図面上で確認すると傾きは1°弱あると思われる。
   大げさに描くと以下の赤線ような状態。

   

   心配なのは傾いた状態でグリズムに変な力がかからないかである。
   マウント入れ直しを数回やっても同じ状態だったので、冷却試験時も似たような状況だった
   かもしれないと想定し、その状態で冷却サイクルをsurviveしたので、今回はこのままにすることにした。
   解決策としてはシムを入れて頂角側のガタつきをなくすなど。